書家 龍和の視点で、知られざる書の名品をご紹介します。
――そばと言えば日本人が大好きな食べ物の一つです。
おいしいお店を見つけた時はうれしさもひとしお。
そんなそば屋の看板――。
読めない文字にでくわしたことはないでしょうか。
。。。
その一例が上の写真です。
いったいぜんたいこれはなんて書いてあるの??
そば屋だから、一応。たぶん。おそらく。
「そば」と書いてあるのだろう!!
と勝手に納得されている方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、正真正銘
「そば」
と書いてあるのです。
どういうことかといいますと、
話は平安時代までさかのぼります。
みなさんご存知の通り、ひらがなは平安時代
漢字から発明されました。
漢字をくずしてできているのがひらがなです。
たとえば、「あ」は「安」から、「い」は「以」からというように。
これらの文字は意味は関係なく音だけを借りてつくられたものなので、
当時、同じ音の漢字から、たくさんの種類のひらがなが生まれていったのです。
[a]なら、「安」「悪」「愛」をもとにしたもの
[i]なら、「以」「伊」「意」をもとにしたもの
といった具合にです。
明治33年(1900年)、小学校令施行によって、
ひらがなは48字のみに規定、一般に普及され現在に至っています。
その際に採用されなかった文字は今日では「変体仮名」と言われ、
書道作品や看板文字といった限定的な場面で使用されています。
「変態」ではありませんよ。「変体」です。
読めないそば屋の看板の正体は
この変体仮名だったのです。
ここでもう一度――。
左から
「や」
「婦」に濁点がついて「ぶ」
「楚」で「そ」
「者」に濁点がついて「ば」
で
「やぶそば」
と書いてあるわけですね。
やぶそばとは、そば屋の屋号で最もポピュラーなもので
1800年頃には各地に同名類似のお店が多数あったということです。
写真は京都市下京区高辻猪熊のお店から拝借いたしました。
そば屋以外にもこういう使い方はされています。
清水寺三年坂にある「梅園」というみたらしがおいしいお茶屋さんのメニュー表
「しるこ」と読みますが、「し」が「志」に充てられています。
書道の作品では「志」をくずした変体仮名は頻繁に用いますが
これも一般的ではありませんね。
訪れたお客さんはどう思うでしょう。
「なんかおしゃれ」「京都ぽい」「本来こう書くんだ」
いろいろでしょうね。想像すると面白いです。
それからもうひとつ。
祇園八坂神社の下河原通にある親子丼が有名な「ひさご」ののれん。
左から「飛」で「ひ」
「左」で「さ」
「古」に濁点で「ご」
ひさごとは瓢箪のことですが、こういった雑学というか、予備知識がありますと、
一風変わった楽しみ方ができるかもしれません。
特に京都の街には変体仮名を用いた読めない看板が
そこかしこにありますので、街歩きのときの楽しみに加えてみてください。
ちなみに、ですが、「ゐ」「ゑ」という文字も変体仮名です。
現在古典の教科書など歴史的仮名遣いに用いられていたり、
お笑い芸人の名前に使われていたり、
おばあさんのお名前に使われていたりして、
私たちにとっては、まだ馴染みのある文字といえそうです。
侍が書いた昔の手紙が読めないのも
源氏物語の写し本が読めないのも
そば屋の看板が読めないのも
京都の看板が読めないのも
ぜんぶこの変体仮名のせいだったんです!